岡山地方裁判所 昭和49年(行ウ)16号
原告
奥 津憲治
右訴訟代理人弁護士
浦部信児
被告
岡山県地方労働委員会
右代表者会長
河原太郎
右指定代理人
森秀生
被告補助参加人
同和鉱業株式会社
右代表者代表取締役
鈴木善照
右訴訟代理人弁護士
小野敬直
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、原告と補助参加人との間の岡委昭和四八年(不)第二号同和鉱業株式会社片上鉄道事業所労働組合法違反申立事件について、昭和四九年九月一二日付でした不当労働行為救済申立棄却命令を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、被告補助参加人同和鉱業株式会社(以下、単に会社という。)が原告に対してなした昭和四七年一一月一日付の「事業所付」への配置転換、同四八年三月一日付及び同月一六日付の各出勤停止の懲戒処分及び同年五月二日付の懲戒解雇処分が、原告の正当な労働組合活動の故をもってなされた不当労働行為であるとして、同年四月二一日及び五月二三日に、会社を相手方として、被告委員会に救済の申立をした(岡委昭和四八年(不)第二号同和鉱業株式会社片上鉄道事業所労働組合法違反申立事件)ところ、被告委員会は、昭和四九年九月一二日付で、会社の右各行為が不当労働行為に当らないとして原告の右申立を棄却する旨の命令(以下、単に本件命令という)を発し、右命令書の写は同月二七日に原告に送達された。
2 しかしながら、本件命令には、以下に詳述する通り、不当労働行為が成立するにもかかわらず、それを否定した違法がある。
(一) 当事者関係
(1) 会社は、昭和一二年三月一一日に設立された株式会社であって、資本金一〇〇億円、従業員約三二〇〇名を擁し、主として銅鉱の採掘・販売を営業目的とし、東京都に本社を置き、事業所として小坂鉱業所、花岡鉱業所、柵原鉱業所、片上鉄道事業所等を有している。
なお、右片上鉄道事業所(以下、片鉄事業所と略称する。)においては、柵原鉱業所の採掘にかかる鉱石、その他一般貨物、旅客等の運送業務を営んでいる。
(2) 原告は、昭和三九年一〇月一日、会社に試用採用、同四〇年四月一日に正式採用され、以来、同四八年五月二日に懲戒解雇されるまで、前記片鉄事業所に勤務していたものである。
(二) 原告の組合活動
(1) 原告は、正式採用と同時に、同和鉱業労働組合連合会(以下、同和労連と略称する。)所属の単位組合である片上鉄道労働組合(以下、片鉄労組と略称する。)に加入した。
そして、右片鉄労組内に青年婦人部を結成するための準備活動を積極的に推進し、昭和四二年六月一一日これが結成されるや、その副部長に選出された。
また、原告は、片鉄労組の職場委員を勤め、さらに、岡山県交通運輸労働組合協議会青年婦人会議幹事、日中友好協会岡山県本部理事、私鉄職場反戦会議議長を歴任した。
その間、原告は、青年婦人部機関紙の充実強化、職場における権利点検闘争、うた声運動、春闘時の行動隊の編成や赤腕章の着用、沖縄返還・反戦平和運動への参加、各種レクリエーション活動等を積極的に行なった。
(2) ところで、会社は、昭和四七年六月二九日、同和労連に対し、経営の合理化を図るという名目で、一八三〇名に及ぶ人員整理計画案を提示してきた。これに対して、原告の所属する片鉄労組は、同年八月二六日、臨時全員大会を開催して「合理化粉砕、全面白紙撤回」の基本方針を決定し、同年一〇月三、四日の両日に四八時間の全面ストライキを行ない、備前市内を示威行進する等の行動を起こした。
原告は、片鉄労組の右闘争に積極的に参加し、機関紙等によって会社の不況宣伝の欺まん性を明らかにして弾劾し、かつ、職場決起集会、ストライキ、街頭デモ等多様な闘争手段において中心的な役割を果たした。
(三) 不利益取扱
(1) 事業所勤務への配置転換
会社は、昭和四七年一一月六日、原告に対し、当時勤務していた運転区客貨車整備部から片上事業所勤務(いわゆる所付)への配置転換を命じた(以下、単に本件配転という。)。
右「所付」なる職種は、従来会社機構上存在したことがなく、原告の追及によって明らかにされたところによれば、その職務内容は、無人駅々舎及びその周辺の清掃、ポイントの清掃、柵原・片上間全線三三・八キロメートルにわたる鉄道沿線の除草等の環境整備作業であり、詰所として片上駅構内にある旧資材置場(当時、廃材置場として使用されていた。)を指定するというものであった。また、本件配転により、原告は降職され、賃金を月額二、七五〇円減額されることとなった。
(2) 五日間の出勤停止の懲戒処分
原告は、本件配転命令を不当としてその撤回を要求し、事業所勤務に服さなかったところ、会社は原告に対し、昭和四八年三月五日、配転拒否を理由に出勤停止五日間の懲戒処分をした。
(3) 七日間の出勤停止の懲戒処分
次いで、会社は同月一六日、原告が右出勤停止処分にもかかわらず「反抗的態度を示した」という理由で、原告に対し、出勤停止七日間の懲戒処分をした。
(4) 懲戒解雇処分
さらに、会社は原告に対し、同年五月二日、「数回にわたる懲戒処分にもかかわらず、なお改悛の見込みがない。」として、懲戒解雇する旨の意思表示をした。
(四) 不当労働行為意思
会社は、原告の積極的な組合活動を嫌悪して、右のような不利益取扱いをしたものである。
すなわち、本件配転は、原告を雑役的な業務に就かせて他の従業員への見せしめとするとともに、他職員から疎外された労働に従事させて精神的苦痛を与え、あわよくば自発的退職に追いやろうとする意図のもとになされたものである。本件配転が右のような不当労働行為意思に基づいてなされたことは、本件配転と同時に、会社が片鉄労組の執行委員長を動力車整備部門から貨車入換作業部門へ、副委員長を柵原駅から一人配置の駅勤務へ、調査部長を乗務から駅務へというように、組合役員や活動家をそれぞれ異種異質の部署へ不利益配転したことからも明らかである。
そしてまた、その後の本件各出勤停止処分及び懲戒解雇は、原告が右のような不当配転に服従しなかった故をもって断行されたものであるから、いずれも同様の不当労働行為意思に基づくものであることは明らかである。
(五) 労働組合法七条四号の不当労働行為
原告は、被告委員会に対して、昭和四八年四月二一日、会社の前記(三)の(1)乃至(3)の不利益取扱につき救済の申立をしたが、会社はそのことの故に、原告を同(4)の懲戒解雇処分にしたものであり、この点からも本件懲戒解雇が不当労働行為にあたることは明らかである。
3 ところが、被告委員会は、申立人(原告)の主張立証にも拘わらず、前記配置転換、各出勤停止及び懲戒解雇がいずれも不当労働行為にあたらないとして申立を棄却したものであり、本件命令には事実の認定及び法律上の判断を誤った違法があるから、その取消を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 被告委員会
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2の各事実中、原告がその主張の日に会社に雇傭されたこと、主張の日に主張のとおりの配置転換、出勤停止及び懲戒解雇の各処分を受けたことは認めるが、右の各処分が原告の組合活動を理由とするものであることは否認する。
被告委員会の事実の認定及び法律判断には何らの誤りはなく、違法の点はない。
2 補助参加会社
(一) 請求原因2冒頭の主張は争い、2(一)の事実は認める。
(二) 同2(二)(1)(2)の事実は、そのうち原告が同和労連に所属する片鉄労組の組合員であったこと及び会社が同和労連に対して、主張の頃、主張の内容の人員整理計画案を提示したことは認めるが、その余の事実は知らない。なお、原告は、昭和四八年六月九日、片鉄労組から除籍されている。
(三) 同2(三)(1)の事実は、そのうち「所付」なる職種が従来会社機構上存在しなかったとする点を否認し、その余を認める。
(四) 同2(三)(2)乃至(4)の各事実はいずれも認める。
(五) 同2(四)の事実は、そのうち片鉄労組の元副委員長(中本貞郎)、同調査部長(大岩聡介)が、原告主張のころ、主張のとおり配置転換されたことを認め、その余は否認する。なお、元執行委員長(延本正)は、片上駅勤務に配転されたものである。
(六) 同2(五)の事実は、そのうち原告が被告委員会に対して、昭和四八年四月二一日、不当労働行為救済の申立をしたことを認め、その余は否認する。
会社が被告委員会から右救済申立の通知を受けたのは同月二五日であり、一方、会社が本件解雇の意思決定をしたのはその前日(同月二四日)であって、原告が主張するようなことはあり得ない。
第三証拠(略)
理由
第一争いのない事実
請求原因1(本件救済申立棄却命令の存在)、同2(一)(当事者関係)及び同2(三)(本件配転命令、各出勤停止処分及び懲戒解雇処分)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
第二認定した事実
一 原告の入社後の経歴
(証拠略)によれば、以下の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。
1 原告は、昭和三九年一〇月一日会社に雇傭され、同四四年八月末日まで、片鉄事業所の本和気片上、備前矢田の各駅に順次駅務員として勤務した。
2 同四四年九月一日、原告は運転区客貨車整備部に配転の命令を受けた。当時原告は、駅勤務において慣行化していた超過勤務に全く服しないことを言明、実行しており(この点についてはなお後述する)、職場の上司(駅長ら)は、そのため他の駅務員の負担が過重になるとして、原告の他職場への転出を要望し、会社はこれを受けて、原告を超過勤務を必要としない客貨車整備部に配転したものである。
原告は、右配転命令が不当であるとして応ぜず、他の従業員に反対運動を呼びかけるなどしたが、片鉄労組の代議員会において、右配転命令に従うべきである旨の決議がなされたため、原告は同年九月一一日から客貨車整備部に勤務し、以来同四七年一一月一日の本件配転命令時まで、同部に整備員として勤務してきた。
二 原告の組合活動
(証拠略)によれば、以下の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。
1 原告は、入社と同時に前記片鉄労組に加入したが、同労組の三〇歳以下の組合員(三五名位)をもって片鉄労組青年婦人部を結成するにあたり、原告はその準備委員として組織づくりに尽力した。そして、右結成と同時に、原告は教宣担当幹事に選ばれ、同部の機関紙「いぶき」の発行責任者となった。また、原告は同部の副部長をつとめたこともある。
2 片鉄労組青年婦人部は、昭和四三年ころから、各職場において、「権利点検運動」の名で、労働基準法や労働協約が実際に遵守されているかどうかをチェックする運動を展開した。原告は、当時備前矢田駅に勤務中であったが、この運動に積極的に参加し、とりわけ、超過勤務を一切行なわず、非番休(後述)を完全に取るべきであることを強力に主張し、かつ自らこれを実行した。
当時、片鉄事業所は片鉄労組との間に、時間外及び休日労働に関する協定(いわゆる三六協定)を締結し、所轄労働基準監督署長に届け出て、片上、柵原両駅を除く各駅職場において、特殊日勤制度を実施していた。右特殊日勤制度においては、所定就業時間を超過して勤務することを常態とし、右超過時間が所定就業時間と等しい時間に達するごとに、非番休日を一日与えることとされていた(原告の勤務駅では、概ね一か月平均六、七日の非番休日があったことが窺われる)。ところが、当時は、駅職場においては慢性的な人員不足の状態にあったため、片鉄事業所は片鉄労組との間で、駅職場の欠員分は、駅勤務者全員が均等に非番日の一部を勤務にあてることによって補填する旨を、了解事項として取り交し、これに基いて非番休出勤が一般的に行われていた。この点、原告の主張した「非番休完全消化」(非番休日に全く就労しないこと)は、片鉄労組全体としての対応とは必ずしも合致するものでなかったとみられる。
3 片鉄労組青年婦人部はまた、権利点検運動の一環として、会社が昭和三七年から行っていた「無災害報告制度」に対し、労務管理を強化するものであるとして、これに反対する運動を推進した。
4 昭和四六年列車の点検作業に関する運輸省令の改正に伴い、片鉄事業所は、従来毎日実施してきた点検作業を、隔日実施に改める方針を定めた。原告は、右は乗務員の安全を軽視するものであるとして、職場団交において会社側を攻撃し、右団交の模様を「いぶき」に掲載、報告した。
三 合理化計画と組合の対応
(証拠略)によれば、以下の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。
1 昭和四七年六月二九日、会社は中央労働協議会の席上、同和労連に対して「経営合理化施策」を提示したが、その内容は、(1)不採算事業所(部門)の縮少・整理(片鉄事業所の縮少を含む)、(2)間接部門の合理化(工作部門を廃止し、これを主体として新会社「同和工営」を設立することを含む)、(3)人員整理(昭和五〇年三月末日までの要合理化人員一八三〇名、片鉄事業所においては一一八名)等を骨子とするものであった。
2 これに対し、同和労連は、基本的には合理化はやむを得ないものとして承認しつつ、右施策の修正案を対置する方針を打ち出した。これに反し、原告の所属する片鉄労組検車支部は、合理化に絶対に反対し、会社の右施策の白紙撤回を求める決議を行い、青年婦人部も、「いぶき」において繰返しその白紙撤回を迫った。同年八月には片鉄労組も同旨の決議をし、同年一〇月三、四日の両日、四八時間全面ストライキを実行し、いわゆる街頭デモ等を行った。しかし、同月五日、同和労連は会社との間で、右施策を基本的に了解する旨の協定を締結し、合理化反対運動は終熄をみるに至った。
3 右協定に基き、片鉄事業所は同年一〇月一二日から三一日までの間、希望退職者の募集を行ったところ、その人数は当初の予想を上廻り、同事業所の従業員数は二一四名から七七名に(駅関係は七五名から二六名位に)大幅に減少し、かつ、各職場の残留人員の間に不均衡を生じたので、同事業所はこれを調整するための配置転換(会社側のいう「ならし配転」)をする必要を生じた。事実、原告に対する本件配転と時を同じくして、同事業所は約二五名に及ぶ配転を行っている。
四 本件配転命令から懲戒解雇までの経緯
(証拠略)によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。
1 前記合理化施策の一環として、原告が所属していた運転区客貨車整備部の業務は同和工営株式会社(昭和四七年六月二三日設立、以下同和工営と略称する。)に移管されることとなり、希望する者は同和工営に従業員として採用されたが、原告はその希望を申し出なかったため、片鉄事業所としては、原告を同事業所内の他部門に配転させる必要を生じた。当時片鉄事業所において人事を含む事務全般を管理していた事務課長佐々木喜夫(以下、佐々木課長という。)は、原告の経歴や、駅務員が著しく不足している状況に鑑み、原告を駅務員として配置転換することを考え、これを同事業所の管理職会議に諮った。ところが、駅務員の上司にあたる運輸課長や運輸係長は、原告が以前駅勤務の当時超過勤務を拒否したこと、原告には独断的な行動が多く、協同作業がしにくいこと、客貨車整備部に勤務中も勤務状態がよくなかったこと等を理由として、右配転案に反対を表明した。また、佐々木課長がその後二、三の駅長に対し、原告を駅勤務とすることについて直接意見を徴したところ、いずれも強い難色を示した。
2 右の反対理由にいう超過勤務拒否とは、前述の非番休完全消化の提唱及び実行を指すものと解される。当時、駅職場上司は、前記特殊日勤制度を前提として毎月度の「勤務表」を作成し、具体的な作業計画を定めていたが、原告は非番休の完全消化を主張、実行していたため、上司としては、原告のみを非番休出勤から除外して勤務表を作成せざるを得ず、その分だけ他の従業員の非番休出勤を求めてこれを充足しているのが実情であった。
また、原告は客貨車整備部に勤務中の昭和四四年一一月に、連続して一二日間欠勤し、片鉄事業所から、右欠勤は無届で、或いは理由を明らかにせず一方的にしたものであるとして、出勤停止五日間の懲戒処分に処せられたことがあり、この点も右反対理由のひとつになったことが窺われる。
3 そこで、佐々木課長は、原告を駅務員に配転することを断念し、また、原告の経歴に照らして、事務あるいは乗務の職場に配転することも困難なため、やむなく、「事業所勤務」(通称「所付」)という新たな配置(日給制の従業員については前例がない)につけることとし、昭和四七年一一月六日、原告にその旨を内示した。原告は直ちに同課長に対し、右「事業所勤務」の趣旨を明らかにするよう求め、同課長は、片上・柵原間全線三三・八キロメートルの環境整備作業であって無人駅の管理を含むと説明したが、その際、右配転は暫定的なものであること及び同課長としても右配転を不自然と感じていること等を付け加えた。原告はその場で、不当配転であるから拒否する旨を表明した。
4 同月一六日、片鉄事業所は、原告に対し、本件配転命令の辞令(日付は同月一日)と作業計画表(作業内容は運転区周辺の除草・環境整備、無人駅の駅舎及び付近清掃、ポイント清掃等)を交付しようとしたが、原告はその受領を拒否した。その頃、片鉄事業所は、原告に対し、配転後の詰所(休憩所)として、片上駅構内の旧資材倉庫をあてることを通知した。
なお、右の作業内容は、従前最寄り駅の駅務員が手分けして行っていたものであり、専任の職員が設けられたことはない。また、本件配転により、原告の賃金は月額二七五〇円の減給となり、当初の九か月間は従前の賃金が保障されるものの、その後は右同額の減収となる予定であった。
5 佐々木課長は原告に対し、本件配転命令に応じるよう再三説得を重ねたが、原告はこれに応じなかった。そこで、片鉄事業所は原告に対して、昭和四八年三月五日(発令は同月一日付)、本件配転命令に従わないことを理由として出勤停止五日間の懲戒処分を行った。
しかし、原告はなお事業所勤務に服さず、旧客貨車整備部の職場(同和工営に移管後のもの)に出入りし、不当配転反対を呼びかけるなどの行動を続けたため、同事業所は同月一六日原告に対し、右懲戒処分に従わなかったとの理由で出勤停止七日間の懲戒処分をした(本件各出勤停止処分)。
なお、片鉄事業所は就業規則に基いて懲戒委員会を設け、内規によって労使双方の委員を役職指定し、会社は懲戒の決定にあたり委員会の意見を尊重するものと定めており、右各懲戒処分も同委員会への諮問を経てなされたものである。
6 同年三月二九日、片鉄事業所は、原告が依然として本件配転命令に応じないため、前記懲戒委員会に原告を懲戒解雇する件を諮った。右懲戒委員会において、労使各四名ずつの委員による協議の結果、原告に対し本件配転命令に応じるよう最終的に説得を試み、なおもこれを拒否した場合には懲戒解雇するとの結論となり、これを同委員会の決定とした。そして、右決定に基づき、佐々木課長が原告を説得したが、原告はこれにも応じなかった。
なお、これらの説得の間、原告は不当配転であるから拒否する、別の配転先は同課長らが考えればよいと言うに止まり、自ら配転先の希望を述べたことはない。
7 同年四月一三日になって、片鉄事業所は同労組執行委員長から、「原告が駅勤務に配転されるよう運動してもらいたいと組合に要望してきたので、条件付きでもよいから、駅に配転することを検討してほしい」との申し入れを受けた。そこで、翌一四日、片鉄事業所は、原告の駅配置の件及びその場合に付すべき条件について労使双方によって検討するため、労使協議会を開催した。同協議会において、同事業所側は、原告を駅勤務に配転することの条件として八項目を提示したが、右八項目とは、(1)業務の都合により指示する所定の超労(残業・休日出勤)勤務は他の従業員が行っている範囲内で勤務に服すること、(2)無届欠勤はしないこと、(3)許可を得ないで遅刻・早退または外出しないこと、(4)所属上長の指示、命令には従うこと、(5)職場の規律を守り、融和をはかって気持よく働くこと、(6)就業時間中は無断で職場を離れないこと、(7)諸休暇を受けようとするときは、所属上長に届け出ること、(8)駅務に配転された理由等については事実をまげてPRしないこと、以上である。
同協議会においては、主として右(8)の条件を付するべきかどうかが議論の中心となり、結局意見が一致しないまま、次回の懲戒委員会において結論を出すことが確認された。
8 同月一七日開催の懲戒委員会において、遂に全員の一致により結論(意見集約)をみたが、その内容は、(一)原告に対して七項目の遵守事項(前記(1)ないし(7)の条件)を示し、その承認を求める。(二)右承認が得られた場合、原告本人及び懲戒委員会を構成する労使双方の委員の各代表が、右七項目を記載した確認書に署名捺印し、そのうえで原告を駅勤務に配転する。(三)原告が右確認書に署名捺印を拒否した場合は、あらためて懲戒委員会を経ることなく、会社は原告を懲戒解雇に処することができるというものであった。
9 そこで、同月一八日、佐々木課長は右結論に基づき、右七項目を記載した確認書を準備し、片鉄労組の中野節治執行委員長を立会人として原告と面談し、右七項目を読み上げ、これらを遵守することを承認すれば駅に配転する旨を告げ、右確認書に佐々木課長及び中野委員長とともに署名捺印することを求めた。これに対し原告は、「懲戒委員会の機能はどんなものなのか。」「駅に配転されることは受諾するが、条件付きの配転は断わる。」と述べ、また、「(1)項は強制労働に該当し、労働基準法違反の臭いがする。あとの項目はどれも就業規則に書いてあり、これを確認しなくても、今後守らなかったら会社は就業規則違反として処分するだろう。今さらこんなものを書く必要はない。」などと言って、右確認書への署名捺印を拒否した。
10 片鉄事業所は、これに先立ち、原告の懲戒解雇につき本社の決裁を求めていたところ、同月二四日その決裁を得た。かくて同年五月二日、会社代表者名をもって、就業規則第一一一条第三号及び同条第一三号により、原告を懲戒解雇するとの発令がなされた。
なお、右第三号は、「数回懲戒をうけたにもかかわらずなお改悛の見込がないとき」、右第一三号は、「前条第二ないし第一三号に該当してその情が重いとき」というものであり、右後者は、就業規則第一一〇条第八号「不当に職務上の権限をこえる行為をし、または職務上の指示に不当に反抗し、そのほか職務遂行上秩序をみだす行為のあったとき」のうち情が重い場合にあたると判断したものと解せられる。
11 なお、片鉄労組は、本件解雇直後緊急執行委員会を開き、本件解雇がやむを得ないものであること、解雇に対し抗議行動は起さないことを確認した。次いで同年六月九日開催の同労組代議員会において、解雇もやむを得ず、これによって原告は自動的に組合員の権利を失うことを確認した。
五 以上のとおり認められ、(証拠略)のうち、これに反する趣旨の部分は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
第三当裁判所の判断
一 上記認定のとおり、原告は片鉄労組青年婦人部の結成に中心的な役割を果し、結成後はその副部長をつとめるとともに、機関紙「いぶき」の編集を担当していたものであり、その他前記諸般の活動を通観すると、原告は熱心な組合活動家のひとりであったと言うことができる。
一方、本件配転は、前記のように減給を伴うものであり、その作業内容がいわば雑役的な単純労働で、かつ原告はほとんど単独で就労すべきこととなる(このように推認される)こと等を考えると、従前の客貨車整備員、或いは原告の希望した駅務員の地位と比較して、不利益なものであることは否定できない。
原告の主張の骨子は、右の二点を直結して、原告はその組合活動の故をもって不利益な配転命令を受けたものであると言うにある。
二 そこで、先ず、本件配転の必要性について吟味を加えることとする。
1 会社は前記のとおり、同和労連との協定を経て大規模な経営合理化に着手したが、その一環として、原告の勤務していた片鉄事業所運転区客貨車整備部は、新設の同和工営株式会社に移管され、同部所属従業員は、その希望により、右同和工営に採用(移籍)されることとなった。しかし、原告は右移籍の希望を申し出なかったのであるから、残存する片鉄事業所の機構内で配置転換する以外に方途がなかったことは明らかである。
2 そこで、配転計画の立案にあたった佐々木事務課長は、原告を人員減少の著しい駅務に配転することを先ず管理職員に提案したが、これについては、運輸課長、駅長らの反対を受けた。
右反対の意味するところを立入って検討するに、原告はかつて駅勤務当時、「非番休の完全消化」を主張、実行し、そのため超過勤務のない整備部に配転された経歴があることは前述のとおりである。当時、原告の非番休消化の結果として、職場同僚の超勤負担がそれだけ加重されるため、同僚間にも不満の声があり、片鉄労組としても、片鉄事業所との間で超過勤務に関する協定や了解事項を取り交している以上、ある程度の非番休出勤はやむを得ないとの立場から、右配転を承認することを決議したものと認められる(<証拠略>)。このように、原告による非番休完全消化は、現実の作業面に影響するところが小さくなく、職員間の協調の面でも問題を含むものであるため、大幅な減員による人手不足の職場(その故に特に職員の協調を必要としたであろう。)を抱える上長としては、原告の受入れに反対するだけの十分な理由があったとみることができる。すなわち、右の反対は真率なものであって、単なる反感などに出たものではないと理解される。
結局、このような状況のもとでは、原告を駅務に配転することは極めて困難であったと言うほかはない。
3 一方、本件配転後の作業内容はさきにみたとおりであり、その専任者を設けた前例はなく、佐々木課長の「不自然」との言は、この点にかかわるものと考えられる。しかしながら、同種の作業は従来最寄り駅の駅員が手分け或いは交代して行っていたものであって、これを専従化するか否かは別として、右作業自体は、会社の鉄道運輸事業上、決して無益、無用のものではないと認められる。
そして、原告を異種の職場(事務、乗務等)に配転することが、原告の経歴等に照らし相当でないとの佐々木課長の判断(<証拠略>)につき、これを否定すべき資料はない。
4 以上のとおり、本件配転は、片鉄事業所として必要かつやむを得ないものであったと言うことができる。
三 次に、原告の組合活動や組合内における位置について検討を加える。
1 非番休出勤についての片鉄労組の基本姿勢は、前記二2においても述べたとおりであり、同労組はやむを得ないものとしてこれを承認し、所属労組員も従来慣行的にこれを行ってきたものであって、原告以外に、原告と同様右完全消化を強調、実行した顕著な事例は見受けられない。かえって、同労組内には、非番休出勤による超勤手当受給の利益を重視する者も少くなく(<人証略>)、一方、原告のみが非番休日を完全消化することにより、他の者の超勤負担が加重されるとして批判する意見もみられた(<証拠略>)のであって、この問題については、原告は同労組内で孤立していたか、少くとも同労組の基本姿勢から遊離していたとみるほかはない。
2 本件配転命令に続く本件各出勤停止処分に対し、原告は同労組代議員会に抗議行動を要請したが、代議員会はこれを否決し、「原告の今後の闘いに反対はしないが、将来裁判等があっても組織として支援はできない」との趣旨の確認をし、同和労連も右を支持して、中央として何ら指導することはないとの態度を明らかにした。さらに、本件解雇自体についても、片鉄労組代議員会においては、原告を支持する意見は少く、むしろ原告が執行部の努力を理解しようとしなかった(前記第二の四7ないし9の経緯を指すものと解される)として非難する声や、「いぶき」の発行について原告を批判する声などもあり、結局、「解雇もやむを得ない、原告は自動的に組合員の権利を失う」との意見の一致をみた(<証拠略>)。
3 この点、(人証略)は、片鉄労組の執行部が昭和四七年一一月に改選され、著しく会社に協調的な構成となったためであることを示唆するが、右1は右に言う改選前のことであるし、また、右2の対応についても、同労組が労働組合の名に値しない形骸化したものである場合は、右対応を無視して差支えないかも知れないけれども、当時の同労組がそのようなものであったと認めるべき証拠はない。
4 これらの点からみて、原告の活動のうち特に非番休完全消化の行動(これが本件の焦点である)は、片鉄労組全体をその方向に盛上げるには至らず、却って同労組の基本姿勢に反し、結局、原告独自の行動として終始せざるを得なかったものと認められる。
5 なお、原告はその組合員期間を通じて、同労組の執行委員長、副委員長その他これに準ずるような主要な地位に就いたことはない。
四 以上の諸点に照らして考えると、会社(片鉄事業所)が原告の組合活動の故をもって、すなわち不当労働行為意思をもって本件配転を命じたと判断することは到底できず、かえってその業務上の必要に基づき、合理的な裁量の範囲内でこれを行ったものと判断される。
なお、原告は、本件配転と時を同じくして、片鉄労組の主要役員三名が不利益配転されていることからも、本件配転が不当労働行為意思に基づくことが推測されると主張するが、(証拠略)によれば、問題の配転は、前記合理化に伴う大規模な配置転換の一環としてなされたもので、そのうち延本執行委員長は片上駅勤務に配転されたが、同人は原告と同様整備部に属し、かつ同和工営に移籍することを希望しなかったため、他部門に配転する必要があり、駅務員の大幅な不足に対処する必要上、右のとおり配転されたものと認められる。大岩調査部長は和気駅勤務に配転されたが、同人は、昭和四七年のダイヤ改正の際に機関士の職を解かれ、予備員となっていたものであり、同様、駅務員不足のため、右配転の必要があったとみられる。また、中本副委員長は柵原駅から一人配置の駅勤務に配転されたが、これは、合理化により棚原事業所の生産量を減少する関係で、柵原駅の人員を削減する必要があったためと認められる。結局、これらの配転はいずれも業務上の合理的な必要性判断に基づくものと言い得るから、本件配転と同時にこれらの配転がなされたことを捉えて不当労働行為意思を云々する原告の主張は当たらない。
五 本件配転に続く二回の懲戒処分及び懲戒解雇は、結局、原告が本件配転を不当労働行為であるとして一方的に拒否したことを理由としてなされたものと認められるところ、本件配転が不当労働行為といえないことは前記のとおりである。ところが、原告はその見解を固持して全く労務に服さず、会社側の再三の説得を聞き入れず、同和工営に移管後の旧職場に入って従業員に抗議行動を呼びかけるなどし、さらには二回にわたる懲戒処分によってもその態度を変えようとしなかったのであるから、企業における秩序を乱すものとして、懲戒解雇処分を受けてもやむを得ないと言うほかはない。すなわち、これらの各処分も会社の不当労働行為意思に基づくものとは認められず、不当労働行為にあたらない。
六 さらに、原告は請求原因2(五)において、労働組合法七条四号の不当労働行為を主張する。
(証拠略)によれば、被告委員会から会社に対し調査開始決定通知書が送達され、会社において、原告が不当労働行為救済の申立を提起したことを知ったのは、昭和四八年四月二五日であること、それ以前に、被告委員会が会社に対して右申立の事実を連絡したことはないことが認められる。一方、会社が原告を懲戒解雇することを決定したのは、前記のとおり同月二四日であるから、会社が原告の右申立を理由として本件懲戒解雇をしたとの原告の主張は明らかに失当である。
第四結論
以上に述べたとおり、会社の原告に対する本件配転命令、二回にわたる出勤停止処分及び懲戒解雇はいずれも不当労働行為にあたらず、これと結論を同じくする本件救済申立棄却命令は正当であって、何ら原告主張のような違法の点はない。
なお、本件命令中には、原告が休日労働を命じられても拒否した旨を認定した部分があり(同命令四頁九行目)、原告はこれに対し、会社から具体的な休日労働の命令が発せられた事実はないからその拒否もあり得ないとして論難するけれども、すでに詳述したとおり、原告は非番休完全消化という形で超過勤務に服しない態度を強く表明しており、そのため会社側は、原告の非番休出勤を含まない勤務表を作成せざるを得なかったのであって、本件命令中の右部分はそのところを述べたものと理解されるから、これを違法とする原告の主張はあたらない。
よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田川雄三 裁判官 岡久幸治 裁判官 佐藤拓)